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ファン・マヌエル・マルケス

ファン・マヌエル・マルケスは長い間タイトルを取れずに無冠の帝王と呼ばれていました、

1990年代後半はバレラやモラレスなどの影に隠れてあまり印象が強くありませんでした。
初の世界タイトル戦も当時の天才チャンピオンフレディーノーウッドに判定負けしてしまいました。
ノーウッドは天才でしたが、私生活も節制していないようで、才能を腐らせてしまいましたね。
マルケスと互角にやりあえる力をもっていたのに第一線から早々と退場していしまいました。

その後マルケスはフェザー級の世界チャンピオンにになり地味ながらコツコツ防衛して評価を高めて行きます。
確かにテクニックもあり得まい選手でしたが、ちょっと華やかさには欠ける印象でした。
弟のラファエルの方が面白いボクシングでした。パッキャオ戦では一ラウンド目に3回ダウンを奪われましたが、
抜群のテクニックでなんとか判定で引き分けに持ち込みました。

それからバレラ戦はメキシコの英雄対決でしたが、見事に判定勝ちをおさめました。

計4戦やりますが、どれも微妙な判定で最後の4戦目はなんとパッキャオにまともに
カウンターを浴びせて勝利しました。

エリック・モラレス

メキシコのスーパーボクサーといえばエリック・モラレスを忘れてはいけません。

近年はコロコロ倒される様になってあまり印象はよくなかったのですが、全盛期はラ・テリブーレの
ニックネームで非常に怖いボクシングをしていまいした。

初めてタイトルを摂ったのが1997年辰吉をボコボコにしたダニエル・サラゴサをあっさりKOして
若干21歳で王座を獲得しました。当時辰吉がシリモンコンかモラレスかを選ばなければいけなかったのですが、
モラレスにしなくて正解でした。モラレスだったら絶対に勝ち目が無かったでしょう。

これは当時辰吉が弱かったというわけではなく、それだけモラレスが強すぎたということです。
ゆったりとした構えであまりスピードは感じられないのですが、ロングのパンチが強烈で、
ボクシングも上手です。当時はジュニアバンタム級で連続KO防衛を続けていました。

そして最初のビッグマッチはマルコアントニオバレラ戦です。試合内容は激闘でしたが、
判定に物議をかもしました。あれは完全にバレラの勝ちでしたが、ジャッジはモラレスの手を上げました。
その後2戦目バレラの勝利、3戦目もバレラの勝利で負け越してしまいました。

しかし飛ぶ鳥を落とす勢いのパッキャオとの初対戦では判定勝ちをおさめました。
その後の2戦はいずれも痛烈なKO負けでモラレスも終わったと言われていました。
その後低迷期に入っていきます。

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